プリメーラ・ディビシオン(Primera División)は、パラグアイのサッカー1部リーグである。12クラブによって争われる。下位リーグはセグンダ・ディビシオン(Segunda División)またはディビシオン・インテルメディア(División Intermedia)である。
首都アスンシオンに強豪クラブが集中しており、アスンシオン以外に本拠地を構えるクラブの優勝は2回しかない。スポンサー名からコパ・TIGO-ビシオン・バンコ(Copa de Primera TIGO-Visión Banco)とも呼ばれる。
歴史
1906年、エル・ディアリオ紙の取締役であるドン・アドルフォ・リケルメが、オリンピア、グアラニー、リベルタ、ヘネラル・ディアス、ナシオナルの5クラブを取りまとめ、アマチュアリーグであるリーガ・パラグアージャ・デ・フトボル(Liga Paraguaya de Fútbol)を結成した。ウィリアム・パーツ、フニオ・ゴドイ(オリンピア)、ラモン・カバジェロ、マヌエル・ベジャ、サルバドール・メリアン(グアラニー)、フアン・エスカラーダ(リベルタ)、セサル・ウルダピジェータ(ヘネラル・ディアス)、ビセンテ・ガデア(ナシオナル)がそれぞれのクラブの代表者であった。初年度となった1906年大会は、グアラニーが決勝でオリンピアを下し、初代王者となった。1921年にはパラグアイサッカー協会が南米サッカー連盟(CONMEBOL)に、1925年には国際サッカー連盟(FIFA)にそれぞれ加盟した。1935年にはプロリーグに移行した。
大会形式
優勝と昇降格
2008年にアペルトゥーラ(前期リーグ)とクラウスーラ(後期リーグ)の2ステージ制が導入され、各ステージの最上位クラブが優勝となる。2007年までは、アペルトゥーラとクラウスーラの最上位クラブが優勝決定戦を行って年間王者を決定していた。同じクラブが両ステージで最上位となった場合は、そのクラブが自動的に年間王者となった。過去3年間で最も獲得勝ち点率の低いクラブは自動的にセグンダ・ディビシオン(2部)に降格となり、2番目に低いクラブはセグンダ・ディビシオンの2位のクラブと昇降格プレーオフを行う。セグンダ・ディビシオンの優勝クラブは自動的にプリメーラ・ディビシオン昇格となり、さらに昇降格プレーオフに勝利したクラブが翌シーズンのプリメーラ・ディビシオン参戦の権利を得る。
南米カップ戦出場権
コパ・リベルタドーレスに4枠、コパ・スダメリカーナに4枠の、計8枠の南米カップ戦出場枠が割り当てられている。アペルトゥーラとクラウスーラの優勝クラブは自動的にコパ・リベルタドーレスのグループステージ出場権を獲得する。残りの2枠は、シーズン通算成績が上位のクラブ(各ステージの優勝クラブを除く)に割り当てられる。コパ・リベルタドーレス出場権がないクラブの中でシーズン通算成績が上位の3クラブと、コパ・パラグアイの優勝クラブが、コパ・スダメリカーナの出場権を獲得する。
2020シーズン所属クラブ
歴代大会結果
アマチュア時代
プロ時代
クラブ別優勝回数
歴代得点王
プロ化以降の得点王の一覧である。1906年から1934年までのアマチュア時代のデータは失われている。2008年からはトルネオ・アペルトゥーラ(前期リーグ)とトルネオ・クラウスーラ(後期リーグ)の2ステージ制を採用しているため、それぞれのステージ単独での得点王とシーズン通算の得点王のそれぞれを記載している。
得点王回数ランキング
クラブ別得点王輩出数
クラブごとの得点王輩出数のランキングである。2008年以降はシーズン通算の得点王を数に含め、ステージごとの得点王は含めていない。
記録と統計
フアン・サムーディオは歴代最多の111得点を挙げている。マウロ・カバジェロがサムーディオに続き、1992年から2007年の間に107得点を挙げた。1936年、フラミニオ・シルバ(オリンピア)は1シーズンとしては史上最多の34得点を挙げた。マシモ・ロロン(1954年、1955年、1956年)とパブロ・セバージョス(2007年、2010年、2011年)は史上最多の3度の得点王を獲得している。1994年と1995年に得点王を受賞したアルゼンチンのエクトル・ヌニェスは、外国人として唯一の連続得点王受賞者である。
脚注
関連項目
- 世界のサッカー
外部リンク
- RSSSF
- パラグアイサッカー協会公式サイト

